自然災害による債務整理ガイドラインがコロナに適用?
新型コロナウィルス感染症の影響などで、借金の返済に苦しんでいる人も多いと思います。
返済できないほどの借金を抱えている場合、自己破産や個人再生または任意整理といった「債務整理」をすることで、借金を減らすことができます。
しかし債務整理にはある程度のリスクも伴うため、利用を見送りたいと考える人も多いようです。
そんな中、金融庁が2020年12月からの適用を目指している債務減免の特例措置があります(同年10月中に改正)。
これは「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン(債務整理ガイドライン)」と呼ばれており、従来からある制度ですが、認知度が高いとは言えないかもしれません。
どういった制度なのか、本記事で解説していきます。
目次
1.自然災害債務整理ガイドラインとは?
債務整理ガイドラインは、東日本大震災がきっかけとなって作られた制度です。
災害で家を失った人の中には、住宅ローンを抱えたままの人もいました。
家も職も失った人が住宅ローンを支払い続けるのは非常に困難です。
そういった人を救うために、通常の自己破産や個人再生が内包するリスクを排除して債務整理をできるようにしたのが「債務整理ガイドライン」です。
その後、さらに新しい制度ができ、東日本大震災だけでなく他の災害の被災者でも利用できるようになりました。
そして12月からは、コロナ禍で借金を返済不能になった人も対象とされる方向で調整が行われています。
2.債務整理ガイドラインのメリット
では、債務整理ガイドラインを利用することでどういったリスクを回避できるのでしょうか?
2-1.ブラックリストに載らない
債務整理をすると、自己破産・個人再生・任意整理のいずれの場合でも、債務整理をした事実が銀行や貸金業者、クレジットカード会社等の間で共有されます。
銀行や貸金業者等は、融資やクレジットカード発行の申込みを受けたときの審査において、申込人が過去に債務整理をしたかどうかを調査します。
もし直近5~10年以内に債務整理をしていた事実が判明した場合、返済能力に問題があると判断して、審査で弾いてしまいます。
このように、債務整理をしたことで融資等を受けられなくなる状態を俗に「ブラックリストに載った」と表現します。
しかし債務整理ガイドラインを利用すると、ブラックリストに載らず済むという大きなメリットがあります。
つまり債務整理をして借金を減らした後であっても問題なく融資を受けられますし、クレジットカードを使うこともできるのです。
2-2.財産を手元に残せる
自己破産をすると、99万円を超える現金や20万円を超える預貯金口座の残高、そして評価額20万円以上の財産、生活必需品以外の物などが没収されてしまいます。
また、ローンを支払中の不動産や車などは、自己破産したときだけでなく、個人再生や任意整理をした場合でも、債権者が回収してしまいます。
これを嫌って債務整理に踏み切れない人も多くいますが、債務整理ガイドラインを利用すれば大丈夫です。
現金や預貯金は500万円を上限として手元に残せますし、ローン支払中の車を手元に残せた事例もあります。
東日本大震災で家を失った人の場合、自宅跡地に自宅を再建したいなどの意思があれば、自宅跡地の不動産を処分せず、手元に残すことができました。
また、上記とは別に地震保険料や義援金なども処分せずに済んだので、生活の再建に活用することができました。
2-3.弁護士費用がかからない
債務整理ガイドラインを利用する場合、弁護士がサポートをしてくれますが、このときの弁護士費用は国が補助してくれます。
利用者が弁護士費用を支払う必要はありません。
3.債務の減免例
通常の債務整理と比較して、債務整理ガイドラインを利用すればリスクを低減できることはおわかりいただけたと思います。
次に問題となるのは「債務をどのくらい圧縮できるのか」ではないでしょうか?
ここでは『政府広報オンライン』に掲載されている債務減免例を2つ紹介します。
例1:東日本大震災で自宅を失った女性
- 債務整理前:住宅ローン残高800万円
- 債務整理後:住宅ローンが200万円の分割払いに(600万円を免除)
200万円は自宅跡地の時価相当額です。
200万円を分割払いする代わりに、自宅跡地を処分せずに済みました。
例2:東日本大震災で自宅を失った男性(自動車も保有)
- 債務整理前:住宅ローン残高1,800万円+自動車ローン200万円(計2,000万円)
- 債務整理後:住宅ローンが430万円に+自動車ローンが170万円に(計1,400万円を免除)
住宅ローンだけでなく、自動車ローンも減免された例です。
この男性は保有していた現金・預金のうち、義援金など250万円含む750万円を手元に残して、それ以外の現金・預金600万円で住宅ローンと自動車ローンを一括返済しました。
なお、自宅跡地と自動車は処分せずに済んでいます。
4.利用の条件
便利に見える債務整理ガイドラインですが、実際の利用者は多くありません。
「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」に沿って債務整理が成立した件数は、498件(2020年6月末現在)と公表されています。
また、2011年8月から始まった、主に東日本大震災の被災者向けの「個人債務者の私的整理に関するガイドライン」による債務整理の成立件数は1,372件(2020年9月末現在)です。
これほど少ない理由は、利用条件に制約が多いからです。
ここからは「自然災害による被災者の債務整理に関するガイドライン」の利用条件等を説明していきます。
利用条件1:災害救助法が適用された災害の被災者であること
たとえ災害で家を失ったとしても、その災害が「災害救助法」の適用を受けたものでなければ、このガイドラインで債務整理はできません。
つまり国が指定した特定の災害の被災者である必要があり、どんな災害の被害者でもOKというわけではないのです。
利用条件2:災害が発生する以前に「期限の利益」を喪失していないこと
期限の利益とは、借金を分割払いできる権利のようなものです。
大抵の貸金契約では、支払いの滞納を続けると数ヶ月程度で期限の利益を失って、一括返済を求められることになっています。
そして、既に一定期間滞納をして期限の利益を失った人は、原則としてこの制度を利用できません。
ただし債権者からの同意がある場合は、例外的にこの制度を利用できることになっています。
利用条件3:破産法に定める免責不許可事由がないこと
借金の理由がギャンブルや浪費である場合や、虚偽の事実を述べて借金をしている場合など、本制度を利用できません。
利用条件4:弁済について誠実である
弁済を誠実に行う意思があり、なおかつ負債状況を含む財産状況を債権者へ適正に開示している必要があります。
利用条件5:債権者にとっても経済的合理性がある
このガイドラインを利用して債務整理をした場合に、通常の自己破産や個人再生をした場合と同等以上の弁済を債権者が受けられる期待がある必要があります。
債権者からの同意があれば問題ありません。
利用条件6:事業に価値がある
債務者が事業の再建や継続のために本制度を利用する場合、その事業に事業価値があり、債権者の支援によって再建の可能性があることが求められます。
利用条件7:反社会的勢力と無関係
反社会的勢力の構成員や関係者は本制度を利用できません。
【手続き開始には債権者の同意も必要!】
ネックとなるのは手続きの開始時です。この制度を利用したい債務者は、最初に「最も多額の債権を有する債権者」へ相談することになっています。その債権者が同意しなければ、次のステップに進むことができません。
同意を得られた場合、債務者本人が地元の弁護士会等を通じて「登録支援専門家」に手続きのサポートを依頼することになっています。登録支援専門家とは、平たく言えば債務整理に詳しい弁護士などです。
その後は専門家のサポートを受けながら必要書類を用意し、さらには「調停条項案」というものを作成して、全ての債権者へ提出して説明します。そして、全ての債権者から同意を得た後で、簡易裁判所へ特定調停の申立てを行います。特定調停には債務者自身が原則として参加しなければなりません。
以上、簡単に説明しましたが、利用対象者が少ないことに加えて、債権者の同意が要ることや手続き面の負担があることから、債務整理ガイドラインの利用実績は少ないのかもしれません。
5.制約の多い債務整理ガイドラインの今後
コロナ禍の影響で対象者が広がる見込みの債務整理ガイドラインですが、どのような人が利用できるのかは不透明です。
対象者の制限だけでなく手続き面の負担も大きいため、利用前によく検討する必要があります。
通常の債務整理の方が早く債務問題を解決できる可能性もあるので、12月の適用開始まで待てないという方は、そちらを選択した方がいいかもしれません。
12月の改正を待った結果、自分が対象条件を満たしておらず利用できなかった…という可能性も否定できません。
今後の情報に注目しつつ、早く借金を解決したい人は弁護士等に相談して、解決策を考えてもらった方がいいでしょう。